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第2 調査結果の概要

2 行政対応の問題点や疑問点等について

(4) 平成9年10月の検査でこの事件を把握してから同年12月の退職願の撤回までの行政対応の問題

県はこの事件の詳細を9年10月に初めて把握し、商工労働部長が厳しく本人から事情を聴取した。そして、9年12月には本人が責任を感じて退職願を出したが、副知事が本人と面談した結果、退職願を撤回することになった。
この初期の対応にこの事件の重大なポイントがあると思われるので、以下、具体的に述べる。

ア 商工労働部の認識と対応
商工労働部は、9年10月の検査で、この元県幹部に対する5億2500万円もの多額の融資の事実を把握したとき、おおむね事態を正しく認識していたと思わ れる。商工政策課長は「当初から違法性の認識を持っていた」と答弁し、商工労働部長も「商工政策課長という高知商銀を指導監督すべき立場にある者が、弱小 金融機関から無担保で違法な融資を受けていることを知ったとき、震えがくるぐらいのショツクを受けた」また、「違法性(中小企業等協同組合法等の法令違 反)は当初から認識していた」と答弁している。しかし、その後の対応には次に述べるとおり問題が多い。

(ア)前副知事への報告の時期と内容について
○ 商工労働部長は商工政策課長とともに、この事件を知り得た直後の9年11月上旬、副知事に報告した。
商工労働部長は、「確認書を見せて、母親名義で元県幹部が連帯保証人となり、無担保で5億2500万円の巨額借り入れをしている」ことを口頭で説明した が、「違法貸付けであることは、当初から承知していたので、報告をした記憶もあるが、無担保の巨額融資 ということを強調するあまり、違法性については十 分に説明できなかったことを認めざるを得ない」と答弁している。

○ これに対する前副知事の指示について商工労働部長は、
・一日も早い債権回収に努める
・担保を付けてもらう
・元県幹部に使途を明確にするように求める
・県職員が迷惑をかけていることに関係なく、高知商銀の検査には厳正に当たる
などであったと答弁。

○ この点についての前副知事の答弁は、「融資の概要報告は受けたが、この融資が員外貸付け等で法令に違反しているとの認識は当時はなかったし、そのような報告も受けていなかった」と述べ、商工労働部長と食い違っている。

○ 商工労働部は、このような重大な問題を報告する場合には、口頭でなく、事実関係や問題点等を文書で報告すべきであった。

(イ)人事当局(総務部)への報告
○ 商工労働部長は、人事当局への報告内容について、「人事課長には、副知事に報告した前後に、人事課長室で自分のメモをもとに、確認書を見せながら、副 知事への報告と同じ内容の説明を口頭でしたことを覚えている。総務部副部長には、人事課長に対するほど詳細ではないが、同じような報告をした。総務部長に 自分から直接話したのは10年の10月頃だった」と答弁している。

○ 総務部副部長(現商工労働部長)は、「川村前部長が副知事への報告をした帰り際に寄ったという感じで、人事課長のところにも寄ったが、元県幹部が高知 商銀から借金をしており、退職願が出るかもしれないという趣旨の話を聞いた記憶がある」また、「人事課長には、その日かどうかわからないが、川村部長が来 てこんな話をしていったということは伝えたと思う。総務部長には伝えていない」と答弁している。

○ 人事課長(現総務部副部長)は、「川村前部長からは、時期はよう特定しないが、都築には困ったものだ、借金がある、という話は聞いた記憶がある。しか し、退職願が出る以前にこの件を詳しく聞いた記憶はどうしてもない。詳しい内容を知ったのは、退職願が出され、自分が直接本人から事情を聞いたときであ る」と答弁している。

○ このように、この報告一つをとっても3人の記憶は全く食い違っている。
これだけ重要な問題であれば、当然文書あるいはメモによる報告をすべきであり、また報告を受ける方も当然日時や報告内容の骨子はメモをとり保管しておくべきであるが、このことが全くなされていないのは極めて問題である。

(ウ)この事実を元県幹部の服務監督権者である海洋局長に報告し、フォローを頼むべきであるが、これをしていない。

イ 総務部の対応
元県幹部は、商工労働部長の再三にわたる追及等により、責任を取るということで、9年12月19日に人事課長に退職願を提出した。
この時こそ県が組織をあげて事件の真相究明を行い、慎重、かつ適切な判断をすべきであった。
しかし、このとき県は、組織としての判断・対応において結果的に重大なミスを犯し、県政史上かつて例のない不祥事を招くこととなったのである。
その主な理由は

(ア)人事当局(特に人事課長)は本人からもっと詳しく事情聴取を行うとともに、商工労働部や海洋局にも詳しい報告を求め、実態の解明に努めるべきであったが、ほとんどなにもしていない。

(イ)1等級の幹部職員が巨額融資を受けた責任をとって退職願を出してきているのに、人事課長が直接の上司である総務部長と副部長には事前に何ら報告、相談もせずに、直接副知事にあげたのは組織としてはまさに異常なことである(総務部長に報告したのは、10年2月)。

(ウ)総務部内の協議はもとより、商工労働部とも十分協議し、事実関係や法令上の問題点なども正確に把握した上で、商工労働部と一緒に副知事に報告、説明すべきであった。

(エ)この時点で、人事課長は本人から事情聴取をしており、事件の概要や問題点を承知しているはずであるにもかかわらず、この事案が地方公務員法違反の信 用失墜行為であり、懲戒処分に該当することに気が付かなかったというのは、人事の担当課長としては絶対あってはならないことで、その責任は重大である。

(オ)このとき、元県幹部は海洋局次長であるので、その服務監督は当然海洋局長が行うべきである。しかるに、海洋局に対して何ら具体的連絡や指示をしていないのは問題である。この時点で、海洋局に対し適切な指示をしていれば、最悪の事態は回避できたかもしれない。

ウ 前副知事の対応

(ア)副知事は、9年11月上旬、商工労働部長から「確認書を見せられ、元県幹部が、母親名義で、本人が連帯保証人となり、高知商銀から無担保で5億円余 を借り入れている。本人は使い道を言わない。返済はできるといっている。返済期限が過ぎている」ことを聞いた。しかし、「貸付限度額超過や員外で法令に違 反しているとの報告もなく、当時はそういう認識はなかった」と答弁している。
この融資の異常性、すなわち高知商銀から無担保で5億円を借りているのだから、もっと詳しい事情を商工労働部から聞けば、法令違反の事実を直ちに把握でき たはずである。また、副知事ならば、このとき知り得た情報だけでも、これは地方公務員法違反で懲戒処分の対象になる事案ではないかと疑問を持ち、担当部局 に指示するのが普通の感覚である。

(イ)12月22日、副知事が直接本人から事情を聞いた際、借り入れ金の使途として「信頼できる友人が経営する企業に運転資金として貸した」との説明を受けている。しかし、具体的な企業名を聞いたが、その答えはもらっていない。
二人の信頼関係からすれば、企業名を言ってくれないということはおかしいし、これは何か他に理由があるのではないかと疑問に思うのが普通であり、「彼なら返せると信頼した」のは不自然である。

(ウ)この日、元県幹部は「10年の5、6月までには絶対返せる」ということで、本人の意思で辞意を撤回することとなった。
副知事は、「この融資は巨額であり、疑問点もあったが、本人が絶対返せると言っているし、商銀の財務体質もかなり悪いので、この段階ではまず返させるのがベストだと思った」と答弁している。
この時点の県の方針は、「元県幹部が絶対返せると言っているわけだから、まずは返させること」にあったと思われるが、これは、裏付けのない信頼におぼれ きった、極めて身内に甘い判断であり、明らかな判断ミスである。このとき、あわせて、「早急に実態解明を徹底して行い、厳正な処分を行う」との方針を決め るべきであった。

(エ)副知事がこのような方針を判断するについては、関係部局にもっと詳細な調査を命じ、その意見を十分に聞くなど、より慎重な対応をすべきであった。

(オ)また、事の重大性から見て、知事に事件の内容、問題点等についてもっと詳細な報告をするとともに、知事の判断を求めるべきであった。

エ 知事の対応
知事は、前副知事から9年12月、この元県幹部の退職願の提出や撤回に関して2回にわたり報告を受けている。しかるに、この報告を受けても、知事は深刻な事態とは受けとめていなかった。
また、知事が信頼していたとする元県幹部が、多額の借金を理由に退職願を出し、そしてわずか5日後にそれを撤回しているのに、知事は、借金の額や借入先、 その使途などについて一切聞いていない。その理由として、「そのときは自分が聞かなければならないという危機意識が芽生えなかった。事務的な処理は副知事 に任せていた」と説明している。
しかし、我々の常識からすれば、この知事の説明は信じがたいし、極めて不自然である。
ゆえに、この点で、知事はその職責を十分果たしているとは言えない。

オ まとめ
以上、述べてきたように、この9年10月から12月までの県の対応一つを取ってみても、県の組織管理や人事管理、情報管理には極めて大きな問題があった。
すなわち、商工政策課の検査でこの巨額融資事件を把握した後の県行政の対応は、商工労働部、総務部、海洋局の関係部局はもとより、副知事そして知事までが、いずれもその職に見合う責任と義務を果たしているとは言えないのである。
この事件は、県が最初にこの事件の実態を把握したときに早急に解決すべき事案であった。遅くとも9年の12月時点では、元県幹部に対するそれまでの信頼が 崩れるに足る十分な情報があったわけだから、情報をきちんと整理し、関係部局、副知事そして知事に正確に伝達されておれば、この時点で異なった判断がなさ れ、その後の事件の進行管理ももう少し違ったものとなり、ここまでの不祥事にはならなかったのではないかと考える。
要するに、県の組織・人事管理に重大な問題があったこと、また、県庁の横の連携や上下のラインでの情報伝達、分析等に重大な欠陥があったために、要所、要所で判断を誤ることとなり、最悪の事態を迎えることになったのは明らかである。